介護からの七転び八起き

失敗も困難も笑いとばしたい!

現在96歳の母を自宅で介護中。
介護の苦労話、嬉しい話、
こんな工夫、あんな工夫、
元気になる話、泣ける話・・・・
一緒にできたら嬉しいです!

ご無沙汰でした。

ああ・・・1年ぶりです・・・・。
こんなに留守をしていたのに、訪ねてくださっていた方もいて
涙・涙ではありませんか。
コメントくださっていた方も・・・。
返信もせずにごめんなさいね。そしてありがとうございました。
ジーンです。


昨年は少し時間ができると思ったのですが
実は 実家の片づけが思いのほか長くかかってしまい
(荷物の片づけは想像以上に時間がかかりますですよ。)
あれよあれよという間に、新年になっていました。


片道200キロ近くを休みごとに通いました。
大正生まれも両親だったので、
なんでもかんでも捨てずにため込んでありまして
ものすごい量でありました。


雪の降る前になんとかかんとか整理が終わり、
やっと ここに帰ることができたというわけです。


今年は、また違う形で書いていきますね。
よろしくです。 


挨拶


いやはや・・・
母が暮れの21日に亡くなり、母の葬儀は親族のみで執り行った。
そして知り合いには正月明けに知らせようと思っていたのだが、
なぜか その直後から急に母宛ての贈り物やら電話が入るようになったのである。
で、そのたびに 「実は~・・・。」と報告することになり、
その時に知人の多くが口にしたこと。


「へろりん母が訪ねてきたのよ。
 いやまさか こんなこととは知らなかったけど。」(福島の知人)
「どうしたわけか へろりん母の田舎が思い出されて
 電話しなくちゃと思ったの。」(埼玉の知人)
「急に どうしてるかと思って。虫の知らせ?」(群馬の知人)


いやあ、さすが母。
関東一円のお世話になった人のところにしっかりと挨拶に行ったんだわ。
そんなわけで、すでにもうほとんどの人への連絡はすんでしまった。
生前は足腰の痛みに苦しんでいたから
身軽になって、楽になって、あちこち挨拶をすませたのねえ。
び・びっくりのきょうこの頃。



そして・・・・・


ずいぶん長い間のご無沙汰でした。


平成28年12月21日、97歳の誕生日を迎えて10日目に
病院で母は息をひきとりました。


母は少し前から話すことはできなくなっていましたが
私が行くを必ず目を覚まし、「あー。」とだけ声をあげるのでした。
誕生日の11日には病院のスタッフ皆に囲まれて
「♪ハッピーバースディ♪」も歌ってもらいました。


最後に会ったのは18日の日曜日で、
私はいつものように母の手足を1時間ほどマッサージしました。
手足に浮腫は出ていましたが、動かせる右手は何か言いたそうで
私はいつものように「また来るね。」と言って病室を後にしたのです。


そして21日、病院に行こうと準備をしていると
病院からの電話で、「呼吸ができにくくなっています。」とのこと。
ずっと覚悟はしていたことでしたが、スッと指先が冷たくなり
手足が震えました。


それでも急いで駆けつけると、母の呼吸はすでに止まっており、
院長先生が傍らで時間を告げてくれました。。
手足はまだあたたかいのに、どんなに呼んでも目を覚ますことは
ありませんでした。


母も一人娘、私も兄弟姉妹はなく、
シンとした病室に母と私だけがいました。
とてつもない静寂の中で、母と二人だけの時間が流れました。


母と共に過ごす日々が永遠に続くような気がしていましたが、
やはりすべてのものには終わりがあるのだと
今 改めて感じています。


(今まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
 これからは 少しずつ思い出やら日々の生活やらを
 書き留めていけたらと思っています。ご報告まで。)

選択


97歳まであと2ケ月の母。


この水曜日に主治医から、今後の見通しについての話があった。
脳梗塞、心臓の働きは先週と比べて変化なし。
しかし すでに嚥下力は回復しにくいだろうとのこと。


あんなに食べることが好きだったのにね。
いつも「おいしいものが食べたい。おなかがすいた。」と
言っていたのにね。


・・・・これからの栄養補給は口からは無理らしい。
つまりこのまま点滴で高カロリーの補給を続けるか
遺漏の手術をするか。


いやいや さすがにこれ以上、母の体に負担をかけることは
耐えられない。
でも自宅介護を望むのであれば遺漏手術の方が良いとのこと。


もし、母だったら どちらを選ぶんだろう・・・など
考え込んでしまったへろりんである。


巷は秋が深まっていく。桜は次々に葉を散らし始めた。
・・・・自然がいい。できるだけ命の流れに逆らわず
自然に過ごすのがいい。へろりんだったらそう思う。


へろりんは遺漏の手術はお願いしなかった。
母は、今 訪ねると寝ている時の方が多いが
「へろりん。体がキツイ。」と訴えることもある。
・・・・どんな言葉を忘れても「へろりん」の名前を忘れないのね。
きょうの母は寝てるかな?名前を呼ばれるかな?
これから 病院に行ってきます。



病中 閑あり・・・か?

母が入院してから3週間経った。
ほぼ毎日見舞いに行っていて、週に1回は主治医から病状を聞く。


脳梗塞の方は1週間経った時に さらに梗塞部分が広がったのよ。
脳梗塞の治療は 水分をたくさん体に入れることらしい。
(血液の流れを良くするため)
しかし 母は心臓も働きも弱っているので、あまり水分を入れると
今度は水分が体に貯まってしまうので、むくみが出たりして
なかなか治療がむずかしいのだそうだ。


2週間目には 案の定 心臓の働きが弱った。が、少しずつリハビリを導入し
筋力の低下を防いだり、飲みこみを促したりすることになった。

3週間目の昨日は脳梗塞の広がりもなく心臓の働きも回復に向かったが、
いかんせん、自力での飲食はむずかしいとのこと。
しかし 主治医は「前向きに対応しましょう。」と 
とても丁寧に説明してくださり、処置も適切!これは母の幸運。
点滴で栄養補給。これでできるところまで行く。


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家の生活は 十何年ぶりでやや時間的に余裕ができた。
4時起きしなくても間にあうんだよね。
炊事・掃除も決めた時間でできるなんて、ちょっと感動。


でもね、買い物に行くと、つい母の好きな物を買おうとして
「あ、病院だっけ。」なんて思う。
スカスカの冷蔵庫を見ても 母の使っていたものを見てもサビシイね。
さあ、きょうも病院に行くのだ。